2007年01月06日

「希望の国」と「美しい国」との類似性:御手洗ビジョン

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「希望の国」と「美しい国」との類似性:御手洗ビジョン

経団連「御手洗ビジョン」原案、消費増税や憲法改正盛る

 日本経団連(御手洗冨士夫会長)が来年1月1日に発表する将来構想「希望の国、日本」(御手洗ビジョン)の原案が11日、判明した。今年5月に発足した御手洗経団連の根幹となる構想で、法人税減税と消費税率の引き上げを柱とする税制改正や「労働ビッグバン」といった経済的なテーマだけでなく、憲法改正、愛国教育なども盛り込まれている。安倍首相が描く「美しい国」の構想に沿った内容も目立ち、安倍政権の政策運営に影響を及ぼそうという財界側の意図が読み取れる。

法人税減税はよしとして、消費税率の引き上げは国民経済運営の立場から言えば最悪の選択ですね。なぜなら、消費税は逆進性(貧乏人程、相対的に重税)であって日本経済の成長の妨げになるからです。

 労働分野については、「15年までの労働力人口の減少幅を100万人以下にする」という数値目標を掲げた。少子高齢化によって労働力人口は15年までに400万人減少すると予測されているが、御手洗ビジョンは外国人の受け入れや女性、高齢者の活用を通じて減少幅を減らせるとした。

日本人の人口が減るからと言って、外国人労働者を増やして、一体どういう意味があるのでしょうね。
政府は「日本国籍を持った日本人」からなる国民経済の運営に対して責任があるのであって、外国人を使ってまで経済成長を図る責任も権利も無いはずです。「外国人を使ってまで経済成長を図る」ことによって「日本国籍を持った日本人」の生活が良くなるという証明があれば話は別ですが。

EUではイスラムとか東欧から外国人労働者が侵入して来て「国民」たる労働者の生活を脅かしつつあることに対して「国民」たる有権者の反発に民族国家の政府は非常に神経質になっているそうです。

「残業代ゼロ労働」導入を要請 経団連会長、厚労相に

日本経団連の御手洗冨士夫会長と柳沢厚生労働相らが11日、東京都内のホテルで懇談し、労働法制見直しなどについて意見交換した。経団連側は、一定条件の会社員を労働時間規制から外し残業代を払う必要がなくなる「ホワイトカラー・エグゼンプション」導入のほか、派遣労働者の期間制限や雇用申し込み義務の廃止などを要請した。 

懇談は経団連側の申し入れで初めて行ったもので、厚労省と経団連の幹部約40人が出席。ホワイトカラー・エグゼンプションについて厚労相は「時間より成果で決める考え方は分かる」と導入に前向きの姿勢を示す一方、「問題は適用範囲」として年収要件が必要との同省の認識を示した。派遣労働の規制緩和について厚労相は「日本の雇用慣行との調和をいかに図るかの視点が不可欠。やむを得ず派遣社員になる人がさらに多くなり、固定化する恐れがある」と述べ、これ以上進めることは否定した。(朝日新聞−11日)

私は日本の雇用慣行なんてどうでも良いと思いますが、労働条件や所得の格差が増大・固定化することに対しては抵抗するなり、対処することが必要だと思います。

抵抗と対処は意味が違いますね。結論から言うと、抵抗はできないので対処するのが適当かと思います。

企業レベルで労働条件や所得の格差が生じることは国際経済の環境の中での事態ですから仕方がないとして、その結果生じる所得格差に対して国民経済の運営責任者である政府が対処しなければならないということです。

当初所得格差が増大しても調整後所得格差を減少させること・・・これが政府の仕事じゃないでしょうか。
という訳で、私は所得再分配施策として「美国日本バウチャー」制度を提案します。これはお金持ち(所得十分位階層の最上位10%の人達)からお金をとって、貧乏人(所得十分位階層の下位50%)に配るというものです。

まず、税制改革については大幅な企業減税消費税率の引き上げが述べられているのだが、これはまさしく安倍内閣において議論されている改革案とほぼ同一のものなのである(安倍内閣は消費税については議論を避けているが)。企業の国際市場における競争力を高め、その業績拡大によって日本経済を上向きに牽引させる、そのためには法人税を減税して企業の負担を軽くする必要があるというのが御手洗冨士夫・日本経団連会長の持論であるのだが、本当にそのような思惑通りに事が運ぶのだろうか。

安倍内閣が消費税について議論を避けているのは選挙対策ではなくて、「成長路線」をベースにしている安倍内閣が消費税が成長を妨げる程度を読みきれないでいるということです。それしか理論的な説明はない。

すでに企業減税は実施されているにも関わらず、いまだに日本経済の成長が鈍いことを考えれば(これを「景気拡大」というのは誇張であろう)、このような論説の根拠は極めて怪しいといえるのではないか。しかも、このような企業減税によって所得格差の拡大(企業間、労働者間の格差拡大)や国家財政の悪化といった問題が生じていることも見過ごせない。

米国では、新自由主義(ネオリベラリズム)の経済理論に基づき企業減税や規制緩和などの政策が取られてきたのだが、その結果は税収減による国家財政の悪化と米国の製造業などの産業の崩壊による「双子の赤字」(財政赤字と貿易赤字)という散々なものとなったのである。しかも、それに加えて所得格差も大幅に拡大し、米国からは中産階級が事実上消滅したことも忘れてはなるない。将来の日本においても、これと同様の事態が生じる恐れが極めて高いのである。

日本経済では大不況の結果、それまで「それいけドンドン」的に個人消費を支えてきた中産階級が減少して、有効需要の減少によって、大不況に拍車をかけてきた歴史を見れば、中産階級は消滅させないばかりではなく、これを助成しなければ日本経済の成長危ぶまれます。

御手洗会長をはじめとする近年の財界人がなぜ改憲を主張するようになったのか。これは、現在の米国の産業界と同様の「軍需産業」を作り上げるための布石だというのは、あまりにも穿った見方であろうか。

何しろ、御手洗会長は以前より「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入や派遣労働の規制緩和など、さらなる労働法制の規制緩和も求めてきたのである。これによって、所得格差はますます拡大し、貧困層までもが増大する可能性が高いのだが、現在の米国ではそのような貧困層こそが軍事力の供給源となっているのである。御手洗会長のいう「希望の国」と、安倍首相のいう「美しい国」、この両者は新自由主義(ネオリベラリズム)に基づく経済政策のみならず、国家主義的な主張が前面に押し出されているという点でも類似しているのだが、その実像は絶望的かつ醜悪なものであろう。

国家主義的な主張が前面に押し出されているとは言えないでしょう。企業国際経済の環境の中で生き延びることが第一であって国民経済なんて「どこ吹く風」に違いない。企業は国際経済の環境の中で最適の戦略を選択する。企業の自由な活動による歪を是正して国民経済を健全に運営することは政府の責任である。有体に言えば、政府は所得の再分配によって個人需要を立て直さなければならない

posted by 美国日本 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(1) | マスコミ論調から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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